2012年10月17日

被災地へ

書こうか、どうしようか・・・・すごく迷いました。自分の中で、未だ整理できない状況ではあります。

この後の記述において、不快に思う方もいらっしゃるかも知れません。当事者でない自分が、書くべき事ではないのかも知れません。本当のところは、何も見えてない、わかっていないかも知れません。
しかしながら、感じたことを、ここに記すことをお許しいただければ幸いです。

先週末、東日本大震災の被災地である宮城県に行ってきました。以前、被災地に行った仲間が、今回再び支援に行くという事で、同行させていただきました。

仙台に泊まって、南三陸~気仙沼辺りを回ってきたんですが、言葉を失うと言うか・・・・
全てが破壊しつくされた光景を見て、虚無感と言うか。同じように海の近くに住んでいる自分の街が一瞬にしてこうなった時に、果たして自分はそれでも強くいられるのか?明日を信じて生きていけるのか?
ただ一箇所に座ったまま動かない人も何人も見ました。自分の家があった場所なのか、大事なものがあった場所なのか、自分には知る由もないですが、この人にとって、震災は終わってないどころか、あの日で時間が止まってるんだろうなと。

最初に仙台駅前に降り立った時には、街に活気も感じましたし、人々の元気も感じました。
それはそれで、被災地のひとつの真実でしょう。あの日から1年半、復興を感じられる所ではあります。
反面、ここで目にしたもの、これもまた真実でしょう。これを毎日見て過ごしていくこと。明日目が覚めたら、全てが夢だったらいいのに・・・・そんな風に、思ってしまいたくなりました。


自分自身の、職を活かして、現地の人と触れ合い「ありがとう」と言う言葉をいただきましたが、本当にこれでいいのか?これが、何かの力になるのか?明日から、自分のやって来た事が、本当に意味があるんだろうか?これほど「ありがとう」に対して、無力感を感じたのは初めてでした。
もちろん、現地の皆さんは社交辞令としてではなく、言ってくださった言葉だと思います。でも、明日からいない自分にかけていただく言葉としては、申し訳なさと、ここの人たちにとって、本当にいい支援の形って何なんだろうか?と思いました。


自分自身は、治療家として、またトレーナーとして目の前の人に全力を尽くす事をこれまでやってきました。
テレビの中の事は、事実ではあっても、どこか他の世界の話として見えてしまうものです。リアリティはあるけども、バーチャルの世界は、痛みも人々の体温も何も感じない。
それで、見た気知った気になるから、いけないんでしょうね。

広島に戻ってきて思うのは、またきっと現地には行くと思う。自分の行動が、なんの意味があるのかわからないし、自己満足かも知れないし、自分を慰めたいだけなのかも知れない。
でも、実際に現地で人々と触れ合うと、もはや他人ではないと思うんです。

そして、今自分のいるこの場所で、できる事をしていこうと、思います。

今、書けるのはこれだけです。



posted by 石井成之 at 23:30| Comment(0) | 日々感じたまま | 更新情報をチェックする